エイレンの眷属
 

☆第4章ー21,22にて、IE9における表示の乱れを修正しました☆


【序章】

【第一章】

【第二章】

【第三章】

【第四章】


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第1章あらすじ

序章

第一章  月に沈む少女

第2章あらすじ

第二章  宿命に至る暗路

零ノ章―1 「深遠」

第3章あらすじ

第三章  赤銅色の呪縛

第4章あらすじ

第四章  血と策謀と玉座

第5章あらすじ

第五章  哀痛を帯びた鍵

  • 第五章 - 1
  • 第五章 - 2
  • 第五章 - 3
  • 第五章 - 4
  • 第五章 - 5
  • 第五章 - 6
  • 〜 序章 〜

    水の這う音が聞こえる 一滴ずつ天井から黒く淀んだ壁をつたい、そして部屋の隅に溜まっていく どうやら今日は雨らしい。 湿ったカビの臭いが鼻につく 光の全くささないこの部屋で唯一の灯りは、重い石造りの扉につけられた、手のひらほどの小さな格子窓からのぞく蝋燭(ろうそく) だけだ ……もうずいぶん前に燃え尽きてしまったが。 蝋燭(ろうそく)は日に2度、食事の時に新しいものに替えられる ほんの数時間しか保たない光を渇望するのはとうの昔にやめた。
    今はただ、この暗闇が永遠に続くことだけを願っている。


    大陸を旅して廻る傭兵民族の一員として、デイルは生まれた。 彼は幼き頃から特に剣技に秀で、瞬く間にその才能を開花させた。 5歳で初めて戦いを習ったその日から、同年代の少年たちはまるで相手にならなかった。 10歳の頃には剛健な大人を相手にして互角に戦えるまでになった。 12歳で部隊長の父に勝利した。 戦いの能力を売る傭兵は強さが全てだ。 強い者は一目置かれるし、逆に弱い者は皆に蔑まれる。 つまり、デイルは常に圧倒的な前者であった。  そして13歳の時、とうとう一族の長である叔父を打ち負かした。 民族の慣例では通常、長に勝利したものがその地位を継承することになっている。 しかし族長である叔父はその知性や誠実さから人望に厚く、デイルに負けたという事実をもってしても、誰も彼が長を退く ことを望んでいなかった。 そもそもデイルはまだ大勢の大人たちを統括するには若すぎたし、デイル自身もそのことはよくわかっていた。第一、彼 は地位なんて全く望んでいなかった。 ゆえに、デイルは皆を前にして言い放った。 『自分は一族の長が務まるほどの器ではない。戦闘の経験もほとんどない。だがこの若さと未熟さゆえ、まだまだ強くな れる資質がある。一族を束ねることのできる実力をつけるため…しばらくは一人で世界を放浪し、修行させてくれないか』、と。 民族の通例では、自らの一族から出て単独で活動することは認められていなかった。それは彼ら自身が傭兵“部隊”とし ての規律を重んじるが故だ。 通常ならば、こんな要請は笑い飛ばされるか、皆の軽蔑を受けることになったのだろう。 一族から出ていきたがるものは大抵“臆病者”であり、救いようのない脱落者だとみなされていたのだ。 しかしデイルを笑うものは一人もいなかった。誰も、彼に敵うはずがないことをわかっていた。 ……静かな時間が流れた。そこにいた皆がデイルを見つめていた。 不意に長い沈黙を破ったのは、デイルが打ち負かした一族の長だった。彼ははっきりとした力強い声で、その場にいた全 員に聞こえるように、デイルに言葉を託した。 『好きなだけ技術を磨き、経験を積んで、いつでも戻ってこい。お前が帰ってきて一族を任せられる日を待っている』と…

    ***

     それから1年の月日が流れた。 正直なところ、デイルは本当に武者修行がしたくて一族から出てきたわけではなかった。 彼は歳を重ねるにつれ、剣を振るうことが楽しいと感じなくなってきた自分に気づいてしまったのだ。 幼いころは、ただ自分が同年代の少年たちの中で1番強いというだけで楽しかった。だがライバルがいないと言うのも困り もので、“闘争心”や“向上心”というものを剥き出しにしている仲間たちから、デイルは取り残されてしまった。  彼らはなぜ、あんなにも情熱をもって剣を振るうのか。 必死に努力している仲間を見ているうちに、やがてデイルは自分が剣を持つことの意味を見いだせなくなっていた。 誰よりも強くなりたいなど、考える機会も必要もなかった。 剣士として名を挙げたいという野望も彼にはなかった。 第一、注目されたり褒め称えられたりというのはもともと好きじゃない。 ならばなんのために自分は戦うのか。強くあらねばならないのか。単純に、その答えが欲しかった。 ……だが、それに答えてくれる者はいなかった。 『傭兵一族の子として産まれたのだから当然だろう?強ければ強いほどいい。』 そんな腐るほど聞いた理由が欲しいわけじゃない。 そしてデイルは、一族から出ていくことを決めた。 傭兵一族という狭い世界から抜け出し、少しの間でも外の空気に触れられたなら……自分の欲しい答えが見つかるよう な気がしたのだ。 一方でもちろん、自分を育ててくれた一族には恩があり、自分にはそこで培った戦士としての誇りもある。 デイルは気ままに放浪するのではなく、国を渡り歩いては剣豪や勇将と評される者たちのところへ出向き、時には命を懸 けて剣を交えてきた。 だが誰一人として、デイルに剣を落とさせた者はいなかった。 自分にある俊敏性や身のこなしの良さだけでは、数多くの死闘を潜り抜けてきた相手の経験値や力量には敵わない。そ もそも体格差からしてかなり劣っているのだ。負けるかもしれない。そう感じることもあった。 だがそれでも、デイルが敗れることは決してなかった。 うまく言葉では言い表せないが…なんとなく、見えてしまうのだ。相手が次どのように動くか、どう攻撃をしかけてくるか。 体格差や力量の差をもろともせずに、デイルが勝ち続けてこられたのはこの感覚のおかげでもあった。 目の前にいる人物の次の動きがわかる。それは、1秒先の未来を見ているような奇妙な感覚。 不思議だとは思っていたが、それについてあまり深く考えたことはなかった。次第にデイルは、相手の動きが読めること を当然のように感じるようになっていた。

     そしてとある冬の日。デイルはたまたま立ち寄った辺境の宿屋で、興味深い話を聞いた。 “北の大地”の最北端に位置するエンドニア国のことを。 宿屋の食堂で酒を飲むことが唯一の楽しみだと言う男は、よそ者で何も知らないデイルを嬉々として捕まえると、さも得 意げに語り始めた。 「お前さん、“Eyllen(エイレン)の姫君”のことも知らねぇのか?そりゃあ、 今までずいぶん損な人生を送ってきたってもんだ。いいか。“Eyllenの姫君”てのは、神が俺たちの幸福のために地上に 遣わせた聖なるお姫様でな…どんなケガや病気だって治す力をもってるんだぜ。それはそれは清らかで美しい少女なん だよ。…まぁ実際に見たことがあるって奴はいないがな。北の大地のどこかで人間の子として生まれてくるって話で…… 兄ちゃん。お前、全然信じらんねぇって顔をしてんな。まあいい。百聞は一見に如かずだ。お前さん、エンドニア国のこと は知ってっか?」 「エンドニア?」 デイルは聞き返した。初めて聞いた国名だ。 「やっぱり知らなかったか。こりゃあ人生損してるなんてもんじゃねぇな。…仕方ねぇ、俺が可哀想なお前さんに、特別 にいいことを聞かせてやろうじゃねえか。エンドニアってのはな、周辺国が冬の寒さに凍えている時でも、そこだけは春 の暖かさに包まれた奇跡の国で…さっき言った“Eyllenの姫君”を庇護してるんだ。実際そこにいるんだよ、俺たちの “姫君”は」 男は酔いのまわった顔でにかっと笑うと、ジョッキに残っていた酒を一気に飲み干した。 おそらく飲み過ぎで頭がおかしくなっているんだろう。付き合うだけ時間の無駄だ。デイルがそう思い席を立とうとする と、男は腕を掴んで彼を引き留めた。 「まあまあまあ。話はこれからが本番だよ、お兄ちゃん。“姫君”がエンドニアにいるって証拠はちゃんとあるんだぜ。 女王を見ればわかる」 「女王…?」 「そうだ。エンドニアが誇る、類まれなる美貌と才覚をもった気高きジュリエット陛下だ。いいか、聞いて驚くなよ…女 王陛下が先代国王から王位を継承して、もう300年あまり経つんだぜ。“姫君”と違い女王は生誕祭の度に国民の前にお 目見えするからな、間違いない。あんな美しい人はこの世に2人といねぇ」 「なるほどね…そんな美しい人なら俺も見てみたいよ。ついでに長生きの秘訣も聞きたいものだね。で、それがかの“姫 君”とどういう関係があるんだ?」 あからさまに面倒がっているデイルの様子など意にも介せず、男はにやにやとした笑顔で話し続けた。 「よく聞いてくれたなぁ、お兄ちゃん。…女王が300年以上若く美しく在り続けられるのはな、“姫君”を俗世の穢れに 触れさせないために城内の神殿で庇護してるからだよ。だから女王陛下は神に愛され、永遠に美しいまま。そんでもって “姫君”は神殿で俺たちの幸福のために日々祈りを捧げてくれている……どうだ、すてきな話だろう?」 そこまで話すと男は急に大笑いし、とうとうテーブルに突っ伏した。酔いが完全に回ったらしい。 「近いうちに、この国もエンドニア国と同盟を結ぶはずだ…そうすれば、“姫君”を守る女王やエンドニアの国民と同様 、俺たちも“姫君”のご加護を受けられる…幸福が約束されるんだ…本当、すてきな話じゃないか……なぁ、お兄ちゃん」 そして男は、片手に空のジョッキを持ちながら大きく寝息をたて始めた。 酔っぱらいのつまらない妄想に付き合わされてしまった。デイルはため息をつくと宿屋を後にし、旅を続けることにした。  しかしその後も、エンドニア国の美しき不老不死の女王、そして“Eyllenの姫君”の噂を、デイルはたびたび聞くこと となった。 どうやらあの男の妄想などではなく、この地域では当たり前に語られている話らしい。 そうなると、さすがに少し興味が湧いた。 どうしてこの地域の人間は、そんな子ども騙しの話を本気で信じているんだ? 周辺国が極寒の冬でも、春のように暖かな国。300歳を軽く超える不老不死の女王。 そしてどんなケガや病気でも治すことできる、癒しの力をもった“Eyllenの姫君”。 デイルは思った。「実際にエンドニアに行って、事実を確かめてやろう」と。 不思議なことに、1度胸に湧きあがった好奇心を、彼はどうしても抑えることができなかった。 まるで何か見えない力が、彼を強く導いているかのように。  そしてデイルは、エンドニア国を目指すことにきめた。

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